【たび】西安(シーアン)今昔
冬は史跡踏査に最適な季節!鬱蒼と繁った青葉も落ちて地形を見渡せるし、観光客もまばらで、ゆっくり見て回ることができますよね。
そこで今回は、正倉院にも縁の深い、唐の都〈長安〉の現状をご紹介します。尖閣問題の影響からか、中国便が格安になっているこの冬、西安旅行はいかがですか?
昨年12月、中国陝西省の西安(シーアン)へ行ってきました。2000年5月にも一度訪れているので、実に10年ぶりの再訪です。
中国各地で進められている大開発。西安も例外ではなく、街の中心部では地下鉄工事の真っ最中。城壁外にも大規模な住宅街が建設されています。それにともない、史跡も様々に整備されている様子。
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その史跡整備の代表格が、大明宮です。唐朝第2代皇帝である太宗が、城外北東部に造営した宮で、歴代皇帝の多くはここで政務をとり、生活をしました。市街地からはずれているため、遺跡の残存状況も比較的よく、含元殿や麟徳殿などの建物址も見ることができます。
10年前、路地を車で抜けて到着した大明宮は、草の生茂る広大な敷地にポコポコっと基壇の高まりが残り、わずかに整備された麟徳殿址や遺址陳列館があり、目を引くものといえば復元工事中の含元殿くらいだったでしょうか。
ところが昨年10月1日、国慶節にあわせて「大明宮国家遺址公園」がオープンし、実に3.5平方キロ(平城宮跡の約3倍)にも及ぶ敷地が遺跡公園として整備され、大明宮址はすっかり変身しました。
大明宮国家遺址公園 http://www.dmgpark.com/ ※とても重いです
まずは公園の正面入口となる、南門〈丹鳳門〉。
いきなりの巨大復元建築に度肝を抜かれます。脇のスロープから上ることができます。
丹鳳門を抜け、広場を700メートルほど北上すると、有料区域のゲートに到着。ゲートを過ぎるとすぐに含元殿があります。
10年前は、含元殿の発掘調査と、基壇の復元工事が進行中でした(西南から撮影)。
今回は基壇がすっかり完成し、コンクリート要塞に(東南から撮影)。
実は、遺跡公園がキチンと完成しているのはここまで。含元殿より北側(公園敷地の3分の2以上)は現在も工事中で、多くの作業員さんが仕事中です。(なのに観覧料金はそのままで、納得がいかない…)
含元殿の裏手には、地下式の〈遺址博物館〉が。ただし建設中です。
10年前にも、たしか麟徳殿の前に、〈遺址博物館〉がありました。
さらに北上すると、宣政殿や紫宸殿となります。これらは遠目には復元建物があるかのように見えるのですが…
ここまでで、公園の南半分程度。北にはさらに太液池や麟徳殿が広がるのですが、3時間以上歩き続けた上に、日も傾いて断念。スケールの大きさを身をもって体験しました。
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つぎに天壇です。皇帝が天の祭祀をおこなう天壇といえば、明・清時代に用いられた北京の天壇が有名ですが、唐の長安にも天壇があります。唐代の城壁よりも南、陝西師範大学の敷地に南接して、天壇が残されています。
まずは10年前の姿。3段テラスがあることはわかるものの、まだ土がかぶった状態。
その後、天壇の発掘調査がおこなわれ、白い漆喰に覆われた階段状の遺構が掘り出されました。発掘後に取り付けられたらしい木の階段は、今ではすっかり腐って穴だらけ。当初は白く輝いていたという漆喰も、剥落がはげしい…。
現在、天壇入口の門は施錠されていますが、近隣住民のアドバイスにしたがって、柵を乗り越え参観することができました。
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最後に、唐代ではないのですが、前漢第4代皇帝・景帝の墓である〈陽陵〉です。西安郊外に所在するものの、空港近辺のため、比較的手軽に訪問することができます。
ここには、すでに10年前の段階で、立派な資料館があったのですが、さらに出土した陪葬坑をそのままの状態で見せてくれる、地下展示室が誕生していました。
10年前には野外でみた陪葬坑ですが、今ではガラス張りの足元にキレイに保存され、じっくり観察することができます。
10年ぶりということもありますが、あまりの変貌ぶりに驚くばかりの西安への旅。見やすくなったのはありがたいものの、コンクリート造りの遺跡はどうも…。このほかにも、昭陵なども「美しく」整備されており、やや興ざめしてしまいました。
ともあれ、今後さらに成長していく大明宮には、要注目です!
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