第43回定期研究会が開催されました
2025年10月25日(土)、過ごしやすい気候の中、多くの観光客でにぎわう奈良の東大寺総合文化センターで、第43回定期研究会が開催されました。
第1報告の野尻忠氏「『中聖武』と呼ばれる一群の写経について」は、荼毘紙に書写され、「大聖武」と並び聖武天皇の宸筆と伝えられる「中聖武」の由来を論じました。巻末の紙背に記された経師の名前が正倉院文書に残る今更一部経の写経事業の帳簿と一致すること、さらにその帳簿から別の経師が書写したことが判明する今更一部経の現存経巻と「中聖武」の筆跡が一致することを根拠に、「中聖武」が宝亀5~6年に書写された今更一部経の一部であることを明らかにしました。
第2報告の山口英男氏「『正倉院文書調査関係資料』に関する共同研究の概要」は、東京大学史料編纂所の特定共同研究の紹介でした。史料編纂所では正倉院文書の調査を継続し、その成果をまとめた『正倉院文書目録』を刊行しています。しかし本書には確定的な情報のみが記載されるため、調査者が調書や写真帳に記した所見がすべて反映されるわけではありません。実物調査が難しい史料群でもあり、調査所見は貴重な研究資源ということができ、その保存や公開の方法を検討していることが報告されました。
第3報告の山下有美氏「天平15年5月からの五月一日経」は、天平15年5月以降の五月一日経写経における書写方針と指導者を明らかにし、写経事業の性格を捉えなおすことを目指した報告でした。写経所文書を通時的に検討されてきた研究蓄積をもとに、五月一日経事業は単に「あらゆる仏典をすべて集めた一切経」ではなく、書写事業の各段階の指導僧による選択・判断が大きく影響した一切経であったことを論じました。五月一日経の通説をくつがえす意欲的な報告に、会場での議論も盛り上がりました。
第4報告の田島公氏「正倉院伝来木簡に見える『勅立物所』について」は、正倉院中倉「雑札」第1号木簡に記された「勅立物所」について、2003年に報告者が提唱した「立」を「旨」の異体字とする「勅旨物所」説を撤回するものでした。「勅旨物所」と解釈されたことで、「勅旨省」の前身官司とする説などにも影響を与えてきましたが、「勅立物所」は天皇が用いる礼冠などの部品を製作する部署であったとの新見解を提示されました。
研究会には47名の参加がありましたが、今年は若い学生・院生の参加が目立ち、今後ますますの研究会の発展を予感させてくれました。
次回は、2026年10月24日(土)午後、奈良市内での開催を予定しております。

